東京都江戸川区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 江戸川区上篠崎1-22-31 (浅間神社) 江戸川区登録有形文化財(歴史資料) 高さ103センチ米、幅76センチ米、天保11子年(1840)5月吉日に「江戸北新堀 狗願主中」により建立されました。 富士講碑は、富士山信仰のための講碑ですがこの富士講碑は一般のそれと異なり、講印や何々同行という文字がなく、中央に「元祖食行身禄」の名が大きく書かれ、下部に三猿が描かれていることで、講碑としては珍しい形式で、貴重なものです。 食行身禄(1671~1733)は伊勢の人ですが、江戸で熱心な富士講信者となり、その中心的な指導者となって教理の体系化をはかりました。この碑は没後百余年を経て建てられています。刻字中の「■」は「禄」が正しく、「価」は富士講独特の使用法で、先師を敬ってその名の下に付けます。 昭和56年(1981)1月13日登録 江戸川区教育委員会 PR |
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永山
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