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東京都江戸川区の歴史
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所在地 江戸川区春江町2-21-2

 一之江名主屋敷は、江戸時代はじめにここへ来て新田を開発した田島家の居宅です。江戸時代を通じて一之江新田の名主をつとめてきました。現存する主屋は安永年間(1772~1780)に再建されたものです。周囲に堀をめぐらし、屋敷林、屋敷畑、庭園をそなえた、中世土豪的屋敷構えを伝えています。



 昭和29年(1954)の史跡指定から今日まで、所有者である田島家のご努力により、ほぼ現状が保存されてきました。敷地環境の変化と老朽化がすすんだため、平成元年(1989)から平成5年(1993)にかけて建造物の復元修理をおこない、平成10年(1998)から平成11年(1999)にかけて、敷地景観の整備をおこないました。
 この屋敷が最も整備されたと思われる江戸時代末から明治にかけての様子を、長く後世に伝えていきたいと思います。

 平成11年(1999)5月
   東京都教育委員会
   江戸川区教育委員会
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所在地 江戸川区春江町2-39-28

 日蓮宗で本高山と号し、千葉県松戸市平賀にある本土寺の末寺です。この地の開拓者田島図書が開基となりました。寛永5年(1628)のことでした。境内には『鬼子母神像を祀るお堂』『田島図書の墓(江戸川区登録史跡)』『石造釈迦如来坐像(江戸川区登録有形文化財)』があります。



所在地 江戸川区春江町2-39-28 (城立寺)

  田島図書(椿の開拓者)

 江戸川区登録史跡

田島図書はもと豊臣家の家臣で堀田図書重盛と言われています。関が原合戦のあと西一之江村大杉の田島庄兵衛方に奇寓し、田島英丈と改名しました。
慶長11年(1606)のことであったと言われています。
図書は一之江新田を開発しました。
一之江名主屋敷・田島家の先祖です。
寛永5年(1628)10月に一族の甲冑を埋めて私領と寄進して城立寺を創建したと言われており当寺が菩薩寺です。

 田島図書は、一之江新田の開拓者で一之江名主屋敷の田島家の先祖です。田島家に伝わる口伝によると、図書はもと豊臣方のか死んで堀田図書重盛と名のっていましたが、関が原合戦後逃れて西一之江村大杉の田島庄兵衛方に寄寓、田島図書英丈と名をかえて開拓を進め、この地の草分けとなりました。図書は当寺の開基として「正善院日慶」と号し、寛永20年(1663)12月25日に没しました。墓は墓地中央、釈迦如来像の後にあり、笠付きのもので、「妙法正善院日慶」の法名が刻まれています。


所在地 江戸川区春江町2-39-28 (城立寺)

 江戸川区登録有形文化財

 寛文3年(1663)大工三衛門の作で、台座を含め3メートル余りある一石丸彫りの石仏です。台座の銘文によると、田島家の八郎兵衛尉重信が祖先の菩提と衆生の利益のために建立、寄進したとあります。彫りもよく表情ゆたかな仏像です。



     石造釈迦如来坐像(東京六大仏の一つ)由来
 寛文3年(1663)大工三左衛門の作で台座を含め三米(メートル)余りある一石丸彫の区内でも最も大きな石造仏です。
台座の銘文によると田島家の八郎兵衛尉重信が祖先の菩薩と一切衆生の利益の為に造立、寄進したとあります。
彫りもよく、表情豊かな仏像で田島図書の墓の前に位置します。


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