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東京都江戸川区の歴史
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所在地 江戸川区一之江6-19-10

 日蓮宗で、金嶋山妙覚寺等覚院と号します。開山は等覚院阿闌梨日全で、弘安7年(1284)の創建と伝えています。日全は中山法華経寺二世日高の弟子とも、三世日祐の弟子とも伝えています。のちに身延の日進に師事し、「法華問答正義抄」の著述があります。
 日蓮上人木造坐像は、日蓮の高弟である日朗の作と伝えられます。



・紙本墨書大曼荼羅(ニ幅)(区登録有形文化財)

 曼荼羅は、もともと諸尊の悟りの世界を表現したものといわれ、一定の方式に従って多くの仏や菩薩の像を描いた図のことをいいますが、日蓮宗の曼荼羅は各尊を文字で書き表しています。応安元年(1368)と記された曼荼羅は、日祐の筆で、妙覚寺第二世日典に授与されました。嘉暦2年(1327)のものは、妙覚寺開山日全の筆です。

 平成2年(1990)3月  江戸川区教育委員会



        妙覚寺史跡
一.金嶋山等覚院妙覚寺と称する。
当山は、700年の昔、弘安7年5月千葉介六祖頼胤公甥、小納言律師等覚院阿闌梨日全上人が開山しました。
千林坊、正蓮坊と云う塔頭があった日蓮宗の古刹であります。
昭和42年(1967)4月篤信の檀家により奥庭に開山堂が建立されました。昭和57年(1982)5月には、宗祖日蓮大聖人七百遠忌、開山七百年を記念して檀信徒の寄進により、客殿、庫裡が完成しました。
一、第六天宮 所在地江戸川区一之江3-27-2
第六天宮は、妙覚寺の飛地境内地にあります。600年ほど昔、慶安元年(1648)8月15日の夜当山第ニ祖日典上人が勧請しました。境内には、樹令500年以上と云われる御神木”エノキ”があり、江戸川区天然記念物に指定されています。昭和61年(1986)11月社殿を新築しました。
一之江殿
年代不詳古、当の付近に伊達屋敷というところがありました。伊達某の往せし跡と云います。其の辺、馬場、出口等の小名あり、当山の過去帳に、一之江殿善幸としるされているのは、この人のことなりと傳えられています。
一之江保育園
昭和27年(1952)9月5日第三十四世日真が開設しました。宗教法人妙覚寺が経営する。東京都認可の児童福祉施設であります。
一、妙見さまと星祭り
壱千五十年ほど昔、承平5年(935)の頃、千葉氏の祖、平良文将門の乱”小貝川の合戦”に妙見神”北斗七世の主神北極星”を守護神として出陣し戦勝を治めたと云います。後に平氏は、千葉氏と名のり、江戸川河口の小島に妙見神を氏神として祀り、代々の千葉氏が崇拝したと云います。今は、妙見島という地名がのこっています。御神体は当山に安置されたと寺傳にありますが現存しておりません。妙見さまをあつく信仰する篤信の檀家により、当山の年中行事として行っている。妙見様の星祭り”12月22日冬至”に妙見堂を建立し寺傳の如く、妙見様をお祀りしました。
 昭和61年(1986)12月吉日 
 金嶋山妙覚寺 第三十四世露木日真記す。
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