東京都江戸川区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 江戸川区新堀1-5-18 当日枝神社は寛永二年霜月十五日名主八武崎隼仁助を始め氏予一同発願。導師空鏡師によって山王地主■現を勧請建立 明治初年迄 山王社と稱さるなり、「新堀村日枝神社 村の鎮守なり もと山王社と云う 一新後社号改む 社地百坪を有す。 新堀の守護神として祀られ 村の北西に鎮座す」と数々の記録にあるものなり。明治六年一月太政官布告「府下諸神社ノ内■■■■セル神社稱号有ルは甚ダ不都合 早々 社号改正云々」により 日枝神社と改名せり。 御祭神は大山■命を鎮守され 現新小岩香取神社神官の神勤の社となり崇められる。 大正七年氏示数四十七戸の改築後六十有余年の風霜に堪え老朽甚だしく神威を畏み、昭和五十五十一月氏子一同 神徳を奉賛し、建設委員会を組織し、浄財を募りここに造営せり。折りしも新堀土地区画整理の大事業も完遂し この記念事業として一層の念を加うるものなり。 総工費金八阡余萬圓也を費やし 社殿と共に境内建造物の全面的築造の完成を見るは、神慮の垂示と氏子の敬神の観念に依るところにして 茲に碑を建て永く記録に留むる次第なり。 昭和五十六年十月吉日 日枝神社宮司 亀井瑞雄 造営建設委員会代表 八武崎榮一 PR |
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永山
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男性
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